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  • 志津川町町制施行100周年記念誌「志津川メルクマール」(平成7年10月31日発行)
  • 志津川町町制施行110周年記念誌(平成17年3月27日発行)
西暦 内容
1956 昭和31年 2月 町村合併後、最初の町議会議員選挙
1956 昭和31年 4月 志津川保育所創設
1956 昭和31年 11月 仙北鉄道バス、志津川-荒砥間開通
1957 昭和32年 1月 荒沢神社所蔵の紺紙金泥大般若経1巻、県指定文化財となる
1957 昭和32年 4月 志津川高校入谷定時制分校校舎完成
1957 昭和32年 4月 山内甚之丞180年祭挙行
1957 昭和32年 10月 志津川町役場新築落成
1958 昭和33年 4月 入大船沢大火、16戸焼失、山林200ha焼く
1958 昭和33年 9月 22号台風来週、荒沢神社「次郎坊杉」倒れる
1958 昭和33年 12月 入谷小学校新築落成
1959 昭和34年 1月 志津川公民館が十日町に新築落成
1959 昭和34年 4月 仙北鉄道バス、志津川-鳴子間開通
1959 昭和34年 11月 三陸鉄道、気仙沼線建設決定町民祝賀会
1959 昭和34年 11月 藤浜小学校新築落成式
1960 昭和35年 2月 戸倉荒町大火、37戸焼失
1960 昭和35年 5月 チリ地震津波、死者41人、被害総額51億7千万円。
1960 昭和35年 8月 津波災害による都市計画区画整理事業発足
1960 昭和35年 10月 志津川町商工会発足
1961 昭和36年 3月 志津川町森林組合、戸倉森林組合を吸収合併
1961 昭和36年 5月 松原にチリ地震津波災害記念碑建立
1961 昭和36年 5月 志津川小学校完全給食開始
1961 昭和36年 8月 小森「熊田橋」完成、渡り初め
1961 昭和36年 11月 荒島神社創建鎮座式
1961 昭和36年 この頃、志津川湾でホヤの養殖始まる
1961 昭和36年 この頃から志津川湾でワカメの養殖が本格的に導入される
1962 昭和37年 1月 戸倉・入谷役場支所閉庁式
1962 昭和37年 4月 三陸鉄道気仙沼線杭打式を前谷地でおこなう
1962 昭和37年 4月 宮城県北部地震
1962 昭和37年 6月 仙北鉄道バス、小森 - 佐野前開通
1962 昭和37年 7月 志津川町観光協会設立
1962 昭和37年 10月 志津川町老人クラブ発足
1962 昭和37年 11月 新設の松原グランドで志津川地区町民体育大会開催
1963 昭和38年 5月 仙台-志津川間特急バス運行開始
1963 昭和38年 9月 志津川郵便局、塩入に新築移転
1963 昭和38年 12月 チリ地震津波災害復旧事業により、防潮堤・水陸門完成
1964 昭和39年 4月 気仙沼信用金庫気仙沼支店、十日町に開店
1964 昭和39年 4月 あさひ幼稚園開園
1964 昭和39年 9月 戸倉郵便局舎新築落成
1964 昭和39年 11月 宮城バス、小森-岩沢間開通
1965 昭和40年 3月 志津川町章制定
1965 昭和40年 5月 翁倉山イヌワシ県指定天然記念物となる
1965 昭和40年 10月 志津川町・入谷村両森林組合が合併し、「志津川町森林組合」を設立
1966 昭和41年 7月 志津川町森林組合全焼
1966 昭和41年 7月 志津川町体育協会設立(7団体加盟)
1966 昭和41年 9月 26号台風による集中豪雨(1日の雨量が224mmに達し、志津川・入谷の被害甚大)
1966 昭和41年 11月 椿島の暖地性植物群落、国の天然記念物に指定される
1966 昭和41年 12月 志津川町文化財保護委員会誕生(委員長・和泉良助)
1967 昭和42年 3月 志津川高校定時制課程入谷分校廃止
1967 昭和42年 4月 荒砥保育園開園
1967 昭和42年 4月 戸倉中芝にし尿処理場完成、業務開始
1967 昭和42年 7月 第1回志津川湾夏まつり開催
1968 昭和43年 4月 へき地患者輸送車購入(8人乗り)
1968 昭和43年 4月 田尻畑に町営火葬場完成
1968 昭和43年 5月 十勝沖地震津波襲来(水産関係に1億6千万円の被害)
1968 昭和43年 6月 南三陸海岸県立自然公園指定
1968 昭和43年 7月 本吉法印神楽、入谷打囃を町無形文化財に指定
1968 昭和43年 8月 志津川高校軟式野球部が東北代表として夏の全国大会出場
1968 昭和43年 10月 志津川高校軟式野球部、福井国体に出場
1968 昭和43年 10月 国鉄気仙沼線、前谷地-柳津間部分開業
1968 昭和43年 10月 県内初のUHF中継局開局
1968 昭和43年 12月 津波災害復興区画整理事業完成
1969 昭和44年 1月 戸倉折立に戸倉公民館完成
1969 昭和44年 3月 塩入に母子健康センター完成(助産業務は7月から開始)
1969 昭和44年 3月 気仙沼公共職業安定所志津川出張所庁舎完成
1969 昭和44年 3月 戸倉中学校藤浜分校閉校、本校へ統合する
1969 昭和44年 4月 入谷ひがし幼稚園開園
1969 昭和44年 7月 神割崎キャンプ場開設
1969 昭和44年 8月 志津川電報電話局開局(電話自動化、加入938戸)
1969 昭和44年 9月 農村集団電話開通(加入1124戸)
1969 昭和44年 11月 志津川町初の名誉町民に田中完義氏、阿部権治郎氏を推戴
1969 昭和44年 12月 気仙沼線荒町工区起工式
1970 昭和45年 3月 志津川高校定時制課程廃止
1970 昭和45年 4月 大沢にごみ処理場完成
1970 昭和45年 6月 廻館に志津川高校新校舎完成
1970 昭和45年 9月 第1回少年野球選手権大会開催
1971 昭和46年 3月 患者輸送車、18人乗りのマイクロバスとなる
1971 昭和46年 8月 初めて夏の成人式を挙行する
1971 昭和46年 8月 議会だより創刊
1971 昭和46年 8月 大雄寺の山門・鐘楼・古碑・杉並木、波伝谷の獅子舞、町内の道標等を町文化財として指定
1971 昭和46年 8月 気仙沼・本吉地域広域行政事務組合発足
1971 昭和46年 8月 中央公民館、上の山に移転
1971 昭和46年 10月 漁業用無線局開局
1971 昭和46年 11月 志津川町総合開発計画策定
1971 昭和46年 11月 75歳以上の高齢者に医療費10割給付開始
1971 昭和46年 11月 県営入谷地区畑地帯総合土地改良事業着工
1972 昭和47年 1月 豪雪により山林に大被害。自衛隊が出動する。
1972 昭和47年 3月 松原グランドに第三種公認陸上競技場完成
1972 昭和47年 4月 町営与手五郎放牧場完成
1972 昭和47年 4月 生活センター第1号「波伝谷文化センター」完成
1972 昭和47年 5月 町内3農協が大合併(組合員1647人)
1972 昭和47年 5月 ホームヘルパー配置
1972 昭和47年 6月 神割崎キャンプ場施設整備(駐車場・ファイヤーリング・便所等)完成
1972 昭和47年 7月 第1東華丸中南米沖でボート漂流の英国人一家6人を救助、英国大使より感謝状を受ける
1972 昭和47年 10月 国道45号線改良工事完成
1972 昭和47年 11月 第1回青年県外研修(静岡県御殿場中央青年の家。11人参加)
1972 昭和47年 12月 志津川消防署完成。広域消防スタート
1973 昭和48年 1月 70歳以上の老人、乳児、重度身障者、寝たきり老人医療費無料化
1973 昭和48年 9月 松原に中央公民館、体育館完成
1973 昭和48年 10月 松原グランドに野球場完成
1973 昭和48年 11月 第1回志津川町家庭婦人バレーボール大会開催(11チーム参加)
1974 昭和49年 3月 戸倉保育所完成
1974 昭和49年 4月 第1回朝野球リーグ開催(12チーム参加)
1974 昭和49年 9月 東山公園を都市公園として整備
1974 昭和49年 11月 志津川町文化協会設立(28団体、会長・佐藤武夫)
1974 昭和49年 11月 第1回家庭バレーボール選手権大会開催(男女混合、地区代表12チーム出場)
1974 昭和49年 入谷神行道付近で、国の天然記念物イヌワシの生息を確認
1975 昭和50年 1月 3歳未満時の医療費無料化
1975 昭和50年 3月 志津川・歌津組合病院改築完成(鉄筋4階建、延4372平米、病床115床)
1975 昭和50年 3月 志津川保育所、上の山に完成
1975 昭和50年 7月 夏の高校野球で志津川高校が活躍、県代表として東北大会出場
1975 昭和50年 8月 第1回ソフトボール選手権大会開催
1975 昭和50年 11月 かつおまぐろ船第8なか丸歌津沖で転覆。17人死亡・行方不明
1975 昭和50年 11月 シロザケふ化放流事業を開始
1975 昭和50年 12月 入谷小学校校庭に民俗資料館完成
1975 昭和50年 志津川湾でギンザケの養殖始まる
1976 昭和51年 1月 第1回元旦マラソン開催(108人参加)
1976 昭和51年 1月 宮城県志津川海洋青年の家工事始まる
1976 昭和51年 4月 学校給食センター完成、全校完全給食となる
1976 昭和51年 9月 集中豪雨126mmを記録。死者1人、家屋浸水518戸
1976 昭和51年 10月 上水道拡張工事着手
1976 昭和51年 12月 自動気象観測システム・アメダスが上の山に設置され、風向・風速・気温・日照・雨量の地域気象観測始まる
1976 昭和51年 この頃から、町内各地に「部落公民館」の組織ができ、これらを核とした「志津川町生涯教育」が推進される
1977 昭和52年 4月 荒砥保育園が町立となる
1977 昭和52年 5月 町内の小学6年生を対象に「ふるさと学習会」始まる(教育委員会主催)
1977 昭和52年 7月 第1回少女フットベースボール大会開催
1977 昭和52年 9月 第1回小中学生水泳記録会開催
1977 昭和52年 11月 第1回小中学生陸上記録会開催
1977 昭和52年 12月 気仙沼線開通、盛大に祝賀行事
1977 昭和52年 12月 気仙沼線の全線開通を記念して、町のシンボルを制定(花-ハマユリ、木-タブノキ、鳥-イソヒヨドリ、色-スカイブルー)
1978 昭和53年 3月 戸倉小学校校舎完成
1978 昭和53年 4月 地籍調査事業始まる
1978 昭和53年 5月 松原公園にSL設置
1978 昭和53年 6月 宮城県沖地震(志津川の被害額2億2千万円)
1978 昭和53年 7月 気仙沼線に夏の臨時列車「南三陸シーサイド号」運行始まる
1978 昭和53年 9月 第1回南三陸地域中学校野球大会開催
1979 昭和54年 2月 町営さけますふ化場設置(小森、300万粒収容)
1979 昭和54年 2月 パナマ貨物船アリュシャン号強風で戸倉沖100mまで流される
1979 昭和54年 3月 県内3番目の国定公園「南三陸金華山国定公園」誕生
1979 昭和54年 4月 旭ケ丘分譲宅地造成工事開始
1979 昭和54年 4月 入谷林際地区でイヌワシの営巣が確認される
1979 昭和54年 4月 入谷地区の地集電話が一般(自動)電話に切り替えられる
1979 昭和54年 5月 志津川地区(旧志津川町)の住所から字が廃止される
1979 昭和54年 12月 防災広報無線設置される
1980 昭和55年 3月 大船分校閉校
1980 昭和55年 3月 県合同庁舎移転新築落成
1980 昭和55年 3月 志津川町林業村落センター完成
1980 昭和55年 3月 戸倉地区の地集電話が一般(自動)電話に切り替えられる
1980 昭和55年 5月 志津川海浜高度利用センター完成
1980 昭和55年 8月 志津川海洋青年の家全館オープン
1980 昭和55年 9月 天候異変で冷害(58年まで4年続く)
1980 昭和55年 11月 気仙沼線は意思反対町民総決起集会開催される
1980 昭和55年 12月 クリスマス低気圧災害(漁船200隻沈没破損、ギンザケ養殖等に20億円の損害)
1981 昭和56年 1月 志津川小学校校舎新築落成
1981 昭和56年 1月 助作に水道事業所を設置
1981 昭和56年 3月 入谷小学校校庭に郷土文化保存伝習館完成
1981 昭和56年 4月 湯沢-志津川-石巻線が国道398号に昇格
1981 昭和56年 5月 戸倉波伝谷に「野鳥の森」整備
1981 昭和56年 10月 新水界トンネル開通
1981 昭和56年 10月 旭ケ丘分譲宅地造成完了(分譲133区画)
1981 昭和56年 11月 大平館(戸倉折立)に縄文遺跡発掘
1982 昭和57年 1月 入谷地区に上水道敷設工事完了
1982 昭和57年 3月 共同店舗「サンポート」完成
1982 昭和57年 4月 戸倉水戸辺で、行山流鹿踊供養塔発見する
1982 昭和57年 6月 志津川町長期総合計画基本構想を策定
1982 昭和57年 6月 東北新幹線、大宮-盛岡間が開業
1982 昭和57年 7月 アメリカ・オハイオ州から親善合唱団70人来町
1982 昭和57年 8月 迫教育事務所志津川支所が志津川教育事務所に昇格
1982 昭和57年 9月 志津川町農協農産物集出荷直売センター完成
1982 昭和57年 10月 アメリカからギンザケ養殖技術視察団来町
1982 昭和57年 11月 シロザケふ化放流事業の成果あらわれ、八幡川、水尻川に5125尾がそ上する
1983 昭和58年 2月 町農業共済組合閉所、津山・歌津・本吉町の各組合と合併、本吉地方農業共済組合となる
1983 昭和58年 3月 戸倉脇の沢にごみ処理場(クリーンセンター)完成
1983 昭和58年 3月 全国優良町村として表彰受ける
1983 昭和58年 4月 アワビ中間育成事業スタート
1983 昭和58年 4月 塩入に志津川警察署庁舎完成、移転
1983 昭和58年 8月 波伝谷に自然環境活用センター完成
1983 昭和58年 11月 県営畑地帯総合土地改良事業が竣工
1983 昭和58年 12月 第7次漁港整備事業として志津川漁港修築、波伝谷漁港改修工事始まる
1984 昭和59年 3月 都市計画用途地域を決定
1984 昭和59年 4月 第33回宮城県青年文化祭が本町で開催される
1984 昭和59年 5月 志津川の植物調査を実施(62年12月まで。分布の南限植物としてナンブサナギイチゴ・バラ科、北限植物アスカイノデ・オシダ科とフサザクラ・フサザクラ科を確認)
1984 昭和59年 11月 公立志津川病院増築工事完成、総合病院となる
1984 昭和59年 11月 上の山高校跡地、緑地公園として整備始まる
1985 昭和60年 1月 平磯館発掘調査おこなわれる
1985 昭和60年 3月 町保健センター完成
1985 昭和60年 3月 戸倉地区の上水道敷設工事完了
1985 昭和60年 4月 商工団地造成工事スタート
1985 昭和60年 4月 生活環境保全林「リアスの森」完成
1985 昭和60年 4月 電電公社、専売公社、民営化(NTT、JT)
1985 昭和60年 7月 ギンザケの水揚げが3000t、25億円に達する
1985 昭和60年 7月 宮城交通で、小森-佐野前-岩沢間にフリーバス運行
1985 昭和60年 9月 心身障害児(者)施設「のぞみ福祉作業所」オープン
1985 昭和60年 10月 環太平洋ジュラ系現地討論会、志津川で開催
1985 昭和60年 11月 志津川町民憲章制定
1986 昭和61年 1月 商工団地造成完了
1986 昭和61年 7月 志津川中学校造成工事始まる
1986 昭和61年 8月 集中豪雨(降雨量282.5mm)、住宅浸水・土砂崩れなど4億5千万円の被害
1986 昭和61年 12月 竹川原に町営さけます第2ふ化場完成
1986 昭和61年 志津川湾環境保全対策協議会発足
1987 昭和62年 4月 志津川高校生徒会館「旭朋会館」完成
1987 昭和62年 4月 国鉄分割・民営化、JRとなる。
1987 昭和62年 7月 志津川・気仙沼・歌津・本吉・唐桑の市外局番を「0226」に統一
1987 昭和62年 8月 志津川駅前から国道398号線にいたる町道「汐見・廻館前線」開通
1987 昭和62年 8月 入谷地区に巨大なヒョウが降り、葉タバコなどの農作物に1億円の被害
1987 昭和62年 9月 中央公民館図書部が独立し、「志津川町図書館」となる(蔵書約2万6千冊)
1987 昭和62年 11月 「上の山都市緑地公園」供用開始
1988 昭和63年 2月 新し尿処理場「衛生センター」完成
1988 昭和63年 4月 志津川簡易裁判所・仙台家庭裁判所志津川出張所が廃庁
1988 昭和63年 10月 助作に志津川中学校新校舎完成
1988 昭和63年 11月 第1回産業フェア開催