地域住民が参加する講演会で、講師がスクリーンを使って『第三回いのちをつなぐまち学会』について話している様子を、正面から撮影した室内の写真

120名以上の方が集まった会場

南三陸町で進められている様々な研究の発表が行われる「南三陸いのちめぐるまち学会」の第2回が開催されました。この記事では学会当日に発表された、南三陸町を舞台に進められている各種研究発表の様子をレポートします。(全3回の2記事目)

いのちめぐるまちのカオスな大座談会とは

学会当日となる11月23日(木曜日)、今年の会場であるYES工房第2工房に続々と参加者が集まり、椅子が一時足りなくなるほど大勢の方が詰めかけました。総合司会を務める南三陸いのちめぐるまち学会事務局の太齋彰浩さんはオープニングで「実は80名の予定だったのですが、大幅にオーバーしてしまって120名以上の方にご参加いただいております。大変ご不便をおかけしますがよろしくお願いします。」と満員御礼の感謝を述べました。参加者のほとんどが町外から来られた方々で、この学会や南三陸町が持つポテンシャルの高さが伺えます。

多くの参加者がテーブルに座ってノートを取りながら講師の説明を聞いている研修会の様子の写真

会場内はオープニングから熱気に包まれていました

また、学会長を務める佐藤太一さんから開催に至った経緯についてお話があり「第2回を無事に迎えることが出来ました。前回、そして学会の前身となる里海フォーラムというものがありまして、はじめは南三陸町のこれまでの活動を振り返る会、そして今ホットな話題とかを大学の先生たちに教えていただきながら交流が生まれた会となりました。その交流が生まれた結果というわけでないんですが、その後1年間いろいろなプロジェクトが南三陸町を中心に動いております。今回はそれら全部をここに集め、混沌としたカオスな大座談会としてみましたが、面白いことがどんどん出ているのでそれを地域みんなで共有したいと思っております。」と、これまでの積み重ねから生まれた各種研究についてぜひ知ってほしいという旨が伝えられました。

複数の参加者が資料を手にしながら向かい合って話し合っており、和やかな雰囲気の中で交流している研修会のグループワークの写真

町内の方々も参加。研究に協力している方もその調査結果を楽しみに聞きに訪れました

プログラムは第4部まであり、まず第1部は「3つの研究プロジェクトをひもとく」です。ここでは3つの研究の方針や調査結果についての発表がありました。それぞれ内容を抜粋しながらご紹介します。

S-21研究は何を目指すのか?

マイクを持った発表者が『S-21研究は何を目指すのか?』というタイトルのスライドを指しながら説明しており、背景には自治体のロゴが入った緑と白の幕が張られている発表の写真

吉田さんの元々の専門はプランクトン

早速あまり見慣れない「S-21」という文字が並びました。筆者も説明を聞くまで理解できていなかったのですが、S-21とは環境省が出している研究費の環境研究総合推進費というのがあり、こういう研究をしてほしい!といった行政ニーズに研究者が答えて研究をするタイプのもので、その中のS枠21番目の研究という意味で、“生物多様性と社会経済的要因の総合評価モデルの構築と社会活動に関する研究”という研究になります。

生物多様性と社会経済的要因の統合評価モデルの構築と社会適用に関する研究』という研究課題タイトルがスライドに大きく表示されており、代表者名や所属機関などの詳細が並んでいる研究発表のスライドの写真

この中のテーマ5の代表者が吉田さん

登壇された吉田丈人さん(東京大学大学院農学生命科学研究室教授)は「地域スケールの生物多様性と社会経済的要因からなる統合評価・シナリオ分析と社会適用」の中の森里川海を見るというテーマの研究地として南三陸町を設定し、チームを立ち上げ、南三陸町の方々に協力をもらいながら研究活動を行なっています。

S-21の研究全体構成を示す図がスライドに映し出されており、価値・行動・文化や社会経済などの要因と生物多様性の関係を矢印で関連付けながら説明している構造図の写真

南三陸町は森里川海の研究フィールドとして様々なチームの研究者が訪れていた

吉田さん「なぜこのような研究がされているのかといいますと、これは前回の学会でも言われていましたが日本全国で色々な生態系の状態がどんどん悪くなって生き物は少なくなっている。さらに、私たちの生活をはためかせてくれていた自然の恵みには色んな機能があるわけですけれども、その機能もどんどん失われていて、自分達の生活に影響が出始めているんじゃないかと。こういう状況をどう打破していったらいいのかということです。」

劣化する自然・失われる生物多様性』というタイトルのもと、さまざまな生態系の指標ごとの悪化傾向や評価結果をアイコンと矢印で示している分析結果のスライドの写真

赤色は損失の大きさが非常に強いことを表している。

「また、こちらはSDGsでよく言われるピラミットですね。私たちの暮らしを支えてくれている社会を支えるベースとして生態系があって、生物多様性があってその上に社会とか経済があって成り立っています。これは見る人が見ると当たり前だと思いますが、世の中で当たり前かというと決してそうではない時代がずっと続いてきたと思います。つまり、経済とか社会を優先し生態系を使ってもそのうちどうにかなるだろうと。それがここにきて色々な問題が起きてきている。」

SDGsの目標が経済・社会・生態系の3層に分かれて描かれ、それぞれが矢印でつながれている図を使ってネイチャーポジティブの考え方を示しているスライドの写真」

生態系が基盤となって私たちの社会経済を支えていることを表している図

「そうではなくてやはり生態系がベースにあって、その上で私たちの社会経済が成り立っているという認識がだいぶ広がってきていると思いますがまだまだメジャーではないかと思います。」

「人間は環境をたくさん改変してきましたし、乱獲も含めて過剰に利用してきたり。もちろん自然を利用することで人間の生活は豊かになってきたわけですが、一方で自然が失われてしまっていて、このままで持続可能でいけるかどうかということが問題になっているわけですが、たくさん対策が打たれてきましたが一向に止まらない。そこで、社会経済を含めた間接要因といわれるところをどう考えればいいのかという学術基盤がないので、それを唯一無二で作るというのがこのS-21の大きなミッションです。」

なにも行動せず、なりゆきにまかせた未来』という言葉とともに、劣化した自然や地域の様子がイラストで描かれている南三陸の将来予測を示すイメージ図の写真

生物多様性や自然の恵みを悪い状態のまま放置した未来の南三陸町

私たちの目指す、未来の志津川湾』という言葉とともに、多様な生き物や地域住民が共存しながら持続可能に暮らしている様子がイラストで描かれている志津川湾の将来ビジョンの写真

理想とする未来の志津川湾の姿

このように社会経済を優先した結果失われつつある生態系や自然環境が今後どうなってしまうのか、それに歯止めをかけるにはどうすればいいのかに着目し、南三陸町の志津川湾保全・活用計画において理想とする志津川湾と町の姿も、国の目標と同じ様な議論がされていました。

「このままの将来だったらどうなる、こういう世界にするためには何が必要かというのがこの計画にまとめられています。学術的には非常にチャレンジングなことだと思うんですけれども、そういうことをやろうとしています。」

東北にネイチャーポジティブ拠点をつくる!

続いての登壇者は2年前から本学会で発表をしている近藤倫生さん(東北大学大学院生命科学研究科教授)によるネイチャーポジティブについて。今現在、地球上では大昔に起きた恐竜の大量絶滅に匹敵するか、それよりも速いスピードで生物の絶滅が進行しているという推定が出ています。

東北にネイチャーポジティブを』というスライドを背景に、マイクを持って発表している男性講演者の写真

東北大学で進められているネイチャーポジティブについての説明

近藤さんはこうしたデータを元に警鐘を鳴らします。「人的・人工資本は増えているが自然資本は減り続けている、これはつまり今の私たちの社会が持続的ではないということですよね。減り続け持続していない。持続させるには最低でも(グラフの上の線が)真っ平らになってないといけない。」

自然資本の劣化を示すグラフが映し出され、人工資本と人的資本が増加する一方で自然資本だけが減少していることを解説しているスライドの写真

持続可能性を考える中で自然の劣化は止めないといけない

こうした世界的な課題に対し、ネイチャーポジティブ(自然再興)というミッションが2023年に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」の中で掲げられました。

生物多様性の損失を2030年までに反転させ、2050年までに完全回復を目指す国際的な自然の目標『ネイチャーポジティブ』をイラスト付きで示したスライドの写真

2050年には完全回復を目指した指標

これについて近藤さんは「ネイチャーポジティブとは、2020年を起点にして自然あるいは生物多様性を回復基調に戻しましょう、2030年の時点でちゃんと回復している状態をつくりましょうという国際的なターゲットが設定されました。つまり、今より増やそうというわけなのですが、皆さんの中には『いやいや、自然を僕らは使って生きているのにそれを増やすって。では僕らはどうやって生きていくのか。』と思われる方がいるかもしれませんね。」私たちが自然を使って生きている以上、自然を減らし使うしかありません。そこからどのように増やすのかを考えているのが近藤さん達です。

自然を増やしながら繁栄できるか ― 自然という資本の管理・運用の視点から』というタイトルスライドが表示されている写真

限られた資本をどのように活かしていくべきなのか

「減らなければいい」の一歩先の考え方とは

「増やしながら生きるとはどういうことか。実はこれは生物や自然がどのような特徴を持っているかということをちゃんと考えることで、持続的な利用の意味がよくわかります。」そう話し、例に出したのは魚などの水産資源。魚は捕られた分減っていきますが、持続的な社会ではこれが増えもせず減りもしない社会ということです。

漁獲努力量と漁獲量の関係を示し、過剰・不足の利用による魚の繁殖影響をグラフで解説し、最適な管理により『自然の恵み』を増やせるとするスライドが表示されている写真

成長する資本だからこそ取れる手段でもある

「魚がずっと同じ数あり続けるということが持続的だと。捕るのになんで同じ数生き続けられるかというと、それは生物資源だからできることです。生物資源は自ら繁殖、成長し増えていく成長する資本です。銀行に預けていけば利子がつくように、その利子で生活できれば(自然資本の)元手は変わらないので持続的な利用ができるというわけですが、単に持続的であればいいよというわけでなく、食糧問題などに配慮したより多くの恵みを取り出せるように生態系を使う必要があります。」

その方法は様々あると言われ、今回ご紹介されたのは漁獲努力量と最大漁獲量を表したグラフです。

魚の資源管理について、漁獲努力量と漁獲量の関係を示すグラフで、最適な管理によって自然の恵みを増やせることを解説するスライドが表示されている写真

減らしすぎず増やしすぎずを狙っていく

「この方法、生物資源管理学という理論が昔から提唱されています。自然が豊かな数を保ちつつ、漁獲努力(操業日数や漁師の数)を捨てないということです。」

しかし、それでも自然利用の最適化は難しく、それには自然が持つ多機能性と利害関係者(ステークホルダー)の多さが関係してきます。では、その中でどのような努力をすべきなのか。近藤さんは自然の理解と科学技術と人々の連携が欠かせないと言います。

自然には多様な恵みがあり多くの利用者が関わっていることを示すスライドで、観察者、漁師、画家などのイラストとともに多機能性と多様なステークホルダーの存在を説明している写真

利害関係者が多いため、全体への影響を考えなければならない

南三陸で行った調査活動

ネイチャーポジティブには欠かすことのできない3つの科学技術要素の中で環境DNAという技術が使われています。これは土や水中に残る生物のDNAを採取、分析することで生物の生息範囲や種類を把握するものです。

環境DNAにより海面養殖と自然の関係を可視化し、魚類調査や養殖の影響分析について説明したスライドで、養殖場の写真と環境DNAのグラフが並んでいる写真

養殖をすることで起きる自然の影響についての調査

これを用い、南三陸町では牡蠣の養殖筏が生物の避難所になっているのでは?という調査結果を得ることが出来ました。湾内で起きている磯焼けという問題に対し、人工的な資本である養殖筏が自然資本である魚達の命を救っているかもしれない、という希望が持てる結果となりました。

環境DNAを用いて牡蠣養殖筏が生物の避難場所になっているかを調査し、その意外な役割を明らかにすることを説明するスライドで、海藻の写真と研究者の顔写真が表示されている写真

現地の研究者との共同研究になった

牡蠣養殖筏が人工の藻場となっており、そこに集まる魚類の例としてアユの稚魚、ニクハゼ、イソバテング、フサギンポなどの写真を紹介し、魚の避難場所としての可能性を示すスライドが表示されている写真

調査結果から磯焼けの対策になるのではという考察に繋がった

多くの調査を行う中で近藤さんや研究チームの方々と、関係団体、地元住民の方と連携しネイチャーポジティブの課題解決に向けた取り組みを進めることが出来たそうです。現地に赴いての対話や共同作業が、町内でのネイチャーポジティブについての意識を向上させることにも繋がったでしょう。

数人の人々がマスクをしてテーブルを囲み、カラフルな付箋を使って意見を出し合っている様子と、スライド右側にはこの取り組みに参加している多数の団体や大学名がリストで表示されている写真

ネイチャーポジティブを実現する東北大のプロジェクトにこれだけの団体が参加している。

ネイチャーポジティブ実現を支える人材の育成を目的とした教育や支援プログラムの内容が記載されたスライドで、日本地図と学生たちのイラストが下部に描かれている写真

東北に拠点をつくるとした場合、人材育成も大事になってくる

>次回!カーボンサーキュラーエコノミーとポスターセッションについて!

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