紅白幕や国旗と町旗が掲げられた前で、豪華な花が飾られた横で佐藤町長と女性がオレンジ色の大漁旗を広げている場面を写した式典の写真

11月25日「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」の落成式がありました。

紅白幕や国旗と町旗が掲げられた前で、豪華な花が飾られた横で佐藤町長と女性がオレンジ色の大漁旗を広げている場面を写した式典の写真

台湾紅十字組織王会長に大漁旗を送る町長(台湾からは病院再建のために、多額のご支援をいただきました)
王会長は「台湾の愛の精神が息づくような、病院であることを願います。」と述べられました。

葉の落ちた木々と針葉樹が混在する森を背景に、正装した4人の人物が石碑の周りに立ち、石碑の除幕式を行っている様子を写した式典の写真

式典の前に、台湾紅十字組織との“友好の絆の記念碑“除幕式が行われました。

屋外で、お揃いの衣装を着た複数の人々が大小さまざまな和太鼓を演奏しており、手前には椅子に座って鑑賞する来賓の方々、奥には建物と遠くに山々が見えるおおもり創作太鼓の演奏の写真

そして、オープニングは地域のおおもり創作太鼓のみなさんです。
高橋長偉名誉町民を中央にして、テープカットが行われました。

屋外の完成した病院の前で、赤いカーペットの上で正装した11人の人物が並び、それぞれが赤いリボンをハサミで切っているテープカットの様子の写真

佐藤町長は式辞の中で、「あの日(震災の日)津波にのまれる病院を目の当たりに見た光景を忘れることができない!」と言葉を詰まらせました。
「世界中の皆様の支えがあり、ここまで全力で復興に取り組みました。安心安全豊かさを実感できる街、なりわいとにぎわいの街づくりをしていきたい。」と話しました。
これまでを振り返ると、震災直後、町の総合体育館ベイサイドアリーナのトレーニング室に仮の診察室を用意して、診療を行いました。
フロアーにいる避難してきた人たちの中を縫うようにして働いていた病院関係の方たちの姿が目に浮かびます。
平成23年3月29日には最新の医療機器とともに、イスラエル軍から医療チームが来てくださいました。
イスラエル医療センターとして、翌月4月10日まで診療をしていただき、そのまま高価な医療機器を寄付してくださったのです。
その後、平成24年4月1日からは、ユニセフの基金で公立南三陸診療所、近くに志津川歌津保健センターも竣工し、供用開始されたのです。
しかし入院設備がなく、隣接する登米市の市立よねやま診療所の病室をお借りしてきました。
そして、震災から約4年8か月が過ぎ、平成27年11月25日新たに南三陸病院・総合ケアセンター南三陸の落成式を迎えたのです。

ベージュ色の大きな3階建ての施設の屋上に、緑色の十字のマークがある南三陸病院・総合ケアセンター南三陸の建物外観の写真
オレンジと黄色のグラデーション背景に、鷲や2つの島が浮かぶ海、魚やタコ、「祝」と書かれた宝船がデザインされ、「南三陸町 落成記念 感謝」と書かれた華やかな大漁旗を佐藤町長と左胸に赤い胸章リボンをつけた女性が持っている記念式典の写真
紅白幕が飾られ、大きな花の飾りが置かれている前で、佐藤町長が左胸に赤い胸章リボンとつけた男性に額縁に入った感謝状を渡している表彰式の写真
紅白幕が飾られ、大きな花の飾りが置かれている前で、佐藤町長と左胸に赤い胸章リボンとつけた女性が並び、一緒に額縁に入った感謝状を持っている表彰式の写真

(ご協力をいただいた方々に大漁旗、感謝状贈呈の様子)

フローリングの床が広がり、中央左に花が飾られた受付があり、右側の広い通路にの中央に椅子が並んだ、明るく清潔感のある総合案内がある一角の写真

(総合案内)

木の梁と大きな窓がある屋内で、天井からきりこの飾りが吊るされている中、階段に並んで立った小学生の合唱団が観客の前で歌っている様子が写っている写真

総合案内と診療科の間にある“みなさん通り”で祝賀演奏として「みんなえがおに」を合唱する志津川小学校の4年生
(作詞作曲、南三陸町立志津川小学校)
イスラエルからおいでの全権大使ルツ・カハロスさんは挨拶の中で、「今日はとても心は温かい気持ち。元気な赤ちゃんが誕生することを願います。」と話されました。
心や体をいやす温かな病院、施設になるといいですね。
(西城)

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