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かまかみさま(いりやほうきばたけ)
かま神さま(入谷箒畑)

かま神さま(入谷箒畑)

 旧仙台藩領内にのみ見られる特異な神さまとして、かま神さまがあります。かま神さまは、粘土製や木彫の面で、いわゆる竃神として祀られています。その由来は定かでありませんが、菅江 真澄(すがえ ますみ:1754~1829。江戸時代後期の旅行家、博物学者)の日記「はしわのわかば」によると、天明6(1786)年、現在の桃生郡河南町鹿又辺の民家で「かまおとこ」と呼ばれる粘土製の土面が竃の柱に飾られているのを目撃したとあります。したがって、18世紀の末にはそのような風習がこの地方に定着していたことがわかります。
 かま神さまの面貌は、ほとんどの場合憤怒の表情を浮かべています。土面の場合は目や葉などに鮑貝や盃の糸尻を用いていることがあります。面は、母屋を新築した大工や左官がご祝儀として作ったものです。
 もともと火を扱う炉や竃に竃神を祀る風習は全国でも見られますが、大抵がお札状のものであらわされ、面を掲げる例は東北地方でしか見られません。
 かま神さまが祀られる理由は明確ではありませんが、竃神について以下のような伝承があります。
 「昔、あるところの旦那殿が一人の乞食を家に泊めた。その乞食は一向に働こうとせず、食べてはところ構わず排便をした。竃のそばにも排便する始末に旦那殿は困り果ててしまった。しばらくするとその乞食は何処へともなく旅立って行った。乞食がいなくなった後、竃のそばを見ると、乞食がした大便が黄金になっていた。旦那殿はさっそくその乞食を神様として祀ったところ、家は益々豊かになった。これがカマ神さまであり、繁盛の守り神である。」
 このような伝承は「炭焼長者伝説」と言われ、乞食やひょっとこの屍、大便など、およそ火にとって不浄とされるものが逆に神格化してしまうところは、死を穢れとしないタタラ師(古代より製鉄を生業とする職人。たたらとは製錬炉のことで、この扱いに長けた人々をタタラ師と呼びます)の信仰と結びつくとされています。また、かま神さまは屋内に疫病などが侵入するのを防ぐため、戸口に向けて祀るものだともいわれています。


【「志津川町誌」使用写真より】

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